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pgha1117

Author:pgha1117
しゅうちょうと申します。
もう引っ越しはしないと決めていましたが、またもや引っ越す破目になり、ブログを立ち上げる事にしました。
テクノロジー犯罪、組織的ストーカーの被害記録を綴ります。


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過去の事 22

メニエール症状が、なぜ被害だと思うのか…。
妹も同じ状態にされた為です。
母に付き添って病院にいましたので、すぐに点滴をされて長引く事はありませんでした。

父は勤めの帰りに毎日病院へ寄ってから帰って来ました。
私は以前と同じで、父の買い物をして家へ届けていました。
ある日の夕方、私が家にいると最寄り駅から電話が来ました。

父が具合が悪くなったので救急車を呼ぼうとしたら私に迎えに来る様に言っていると…。
病院嫌いの父を迎えに駅まで行き、一緒に帰って来ました。
気持ちが悪くなったそうで、看病疲れの様に見えますが、以後も亡くなるまで吐き気攻撃を度々やられています。

この様に自然を装って身体攻撃をするのがテクノロジー犯罪です。
疲れているところに攻撃をすれば、より効果的にダメージを与えられるでしょう。
歩いていて足がカクッとなる、持っている物を落とすなど、妹と私の両方に子供の頃からやられています。

父は定年になるとサッサと仕事を辞め、母の所に通っていました。
それほど仲の良い夫婦には見えなかったのですが…。
母は30年以上前、52歳で亡くなりました。


昨日もパソコンの前で散々眠らされました。
ブログを書いて、すぐに布団に入るのも嫌で、古今亭志ん朝さんの対談を見ました。
0時過ぎにパソコンを片付け、45分頃に布団に入りました。

起こされると、とても静かでした。
1時?2時?と思いながら、尿漏れ加害をされそうなのでお手洗いへ下りました。
時計を見ると3時53分! そのまま洗濯、食事の支度を始めました。

洗濯機の音と、鳥の鳴き声で合図をしていました。
いつもとタイミングがずれたからでしょうか、被害は少しマシだったと思います。
そうなると以後は酷い加害をされる事になります。

6時23分  髪をとかし頭の防御を終わると ピーポー!
以後もピーポーピーポー!
外せないタイミングの時には、狂った様に数台で鳴らす ウ~ピーポー!

9時10分  紙ゴミを片付け始めると 不自然な ヘリ音 大!
いつもの月曜日よりは上空の音は少なめでした。
ポイントのところでは、私の上だけで大きな音がする ヘリ音!

工事音もいつも通り。
近隣のアチコチで数分間ずつ工事様音立て!
パソコンを始めてからは静かにして眠らせたいようです。

今日も圧迫波が酷く、頭だけではなく様々な所を押されています。
殺人波もアチコチに、向きを変えるとそこが痛くなるので方向が分かります。
手足の痺れも酷く、右手は利かず、雲の上を歩いているようです。



今日のニュース 東京新聞 TOKYO Web より引用

27年前の「横浜事件」映画が続々再上映 「共謀罪」審議の中「歴史の教訓に」
2017年5月15日 夕刊

 戦時下の治安維持法による言論弾圧を題材に、27年前に富山県朝日町などで撮影された映画「横浜事件を生きて」が今、各地で上映されている。生き証人として事件を語り続けた元雑誌編集者、木村亨さん(1998年に82歳で死去)を追ったドキュメンタリー。戦争に批判的な言論人らを取り締まるため警察が拷問で事件をつくり上げていく過程が当事者の証言で生々しく再現され、反響を呼んでいる。 (伊東浩一)

 三月下旬、長野県岡谷市で開かれた上映会。スクリーンの中で、生前の木村さんが問い掛ける。「『おまえたち、ここで殺していいんだぞ。天皇陛下の命令だ』と(警察官が)堂々と言う。まさに殺されそうだったこんなむちゃくちゃな時代を想像できますか」

 雑誌「中央公論」の編集者だった木村さんは四二年、朝日町出身の国際政治学者、細川嘉六らと新潟県境の親不知(おやしらず)海岸を観光し、同町の旅館「紋左(もんざ)」に宿泊。だが、警察はこの集まりを共産党再建を準備する目的だったと決め付けた。治安維持法違反容疑で木村さんら編集者、研究者ら六十人以上を芋づる式に逮捕し、拷問で四人が獄死。木村さんは丸太の上で正座させられ、さらに警察官が膝の上に乗るといった拷問を受け、うその自白をした。

横浜事件
映画「横浜事件を生きて」の中の木村亨さんが横浜事件について語る一場面(C)ビデオプレス

 映画製作では、朝日町で木村さんらを接待した芸者、横浜拘置所の看守らにも取材。証拠がない中、事件がつくり上げられた実態を浮き彫りにする。「情けないことに、あの侵略戦争に屈し、拷問に屈したが、もうこれ以上は許せない」。木村さんが再審請求で冤罪(えんざい)を勝ち取ることを誓い、涙ぐむ場面で映画は終わる。

 上映会を企画した毛利正道弁護士は「大きな衝撃を受けた。今、政府は共謀罪(組織犯罪処罰法改正案)の成立を目指しているが、治安維持法の制定時にも、政府や警察は『乱用はしない』と再三説明していた。実際には拡大解釈され、戦争に反対した人たちが摘発された。歴史的教訓としなければならない」と語る。
 
<横浜事件> 1942年、細川嘉六(1888~1962)が雑誌「改造」の掲載論文を「共産党の宣伝」と批判され、警視庁に治安維持法違反容疑で逮捕された。その後、神奈川県警特別高等課(特高)が押収した紋左の写真をもとに、細川らが共産党再建準備会を開いたとして、同容疑などで言論、出版関係者ら60人以上を投獄。拷問で4人獄死、30人余りが起訴される戦時下最大の言論弾圧事件となった。2010年2月、元被告5人の刑事補償を巡る横浜地裁決定は「共産党再建準備会の事実を認定する証拠はない」とし、「実質無罪」と認められた。

引用終わり 下線は私


私は、この犯罪に気づかされるまで、何かの活動をしていた訳ではありません。
加害者は何らかの理由を付けて、誰かに私を殺しても良いと言われているようです。
いまも【こんなむちゃくちゃな時代】は続いています。

遠隔から照射されている加害波は、拷問そのものです。
ここも神奈川、横浜…。


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