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pgha1117

Author:pgha1117
しゅうちょうと申します。
もう引っ越しはしないと決めていましたが、またもや引っ越す破目になり、ブログを立ち上げる事にしました。
テクノロジー犯罪、組織的ストーカーの被害記録を綴ります。


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過去の事 24

病院に勤めて事務長が度々変わる様になると事務員も入れ替わりが多くなりました。
医事課以外からその動きが始まった様に思います。
創価学会の本部長という人は健康診断のお金の問題で辞めていました。

その時の事務長が先に辞め、数か月後に学会の人が辞めました。
2.3年で辞めたのではないかと思います。
私より遅く入った庶務的な仕事をしていた女性は1年位で亡くなりました。

当時は職員の昼食を病院の栄養課で作っていました。
外注ではなかったので美味しく、ほとんどの職員が院内で食べていたと思います。
庶務の女性は途中からお弁当を持って来ていました。

1枚の食パンの4分の1位しかありませんでした。
朝の通勤の時に一緒になったので聞くと、お腹が痛いと言っていました。
ほどなく入院、胃癌で数か月後に亡くなりました。

熱心なクリスチャンだった彼女は元々小さく細く、体力も無かったのかもしれません。
とても物静かな女性でした。
この方が亡くなると、医事課の隣の事務室に私より古い人はいなくなりました。

医事課も、長い間受付をしていた方が辞めました。
新しく来た受け付けは若い女性でしたが、受付で寝ている事が多く驚きました。
この病院は外来は午前中だけでした。

午後は入院費の支払いに来ますが生活保護の患者さんも多く、受け付けは暇です。
面会、外出、外泊の送り迎えに家族の方が来て病棟に通じるドアの錠を開けるのも医事課の仕事でした。
この家族と患者さんをドアまで送るのも、ほとんどは私と私より給料が安かった先輩で行っていました。

医事課で一番古い人は朝からコーヒーを入れ、病棟や総婦長の所でおしゃべりをしていました。
働かなくても何も言われないと、働かなくなる人がいるんです。
こんな時に仕事を抱え込んでいる先輩が病気になりました。

元々具合が悪かった所を手術する事になりました。
長く休む事になり、この人の大量の仕事をどうするのか誰も考えていませんでした。
ここで私も辞める決断をしました。

事務所の雰囲気は入社した時とは全く変わり、皆、好き勝手にやっているという感じでした。
今思えば私も無責任の様ですが、その時は私に頼られても全ては出来ないと思いました。
辞めてから先輩のお見舞いに行きました。

彼女はベッドに横向きに座っていました。
手術の時に肺に穴が開いたそうで、肺からカテーテルが出ていました。
この方も痩せて小さい人で、入院が更に長引いてしまった様です。


今日も0時過ぎに布団に入りました。
防御が終わると左下から衝撃波!
ウトウトするとピーポーピーポーと小さな音が鳴り続けていました。

トイレ誘導で起こされ、階下で時計を見ると2時30分でした。
布団に戻ると近くからバイクが出ました。
少しウトウトとした様で、時間を確認する為にラジオをつけると雑音でした。

ラジオをONにすると右脇腹に殺人波照射!
ダイヤルを回していると深夜便の歌が聞こえ4時に起きました。
頭の防御を直していると、またトイレ誘導!

7時〇〇分  洗濯を干し、首を伸ばす為に横になると ピーポー! 眠らされてしまいました。 眠らされたので、何時か忘れてしまいました。
ずっと小さくピーポーピーポーと鳴らしているようです。

9時04分  煮物を作っておこうと階段を下り始めると 飛行機音 大! 続いてピーポー、飛行機と立て続け!
私の家の上だけ飛ぶ、不自然に短い上空の音が大量でした。

今日もピーピー車がウロツキ周り、酷い加害でした。
近隣の音立て声立ても多くやられました。
洗濯物を持って二階に上がった時は、近くでワォ~ン犬の吠え立てでした。

今日も朝から圧迫派が酷く、洗濯籠も階段から落とされそうでした。
手足の痺れが酷く、飛行機音などで更に酷くなります。
横になっていると下から何度も衝撃波、殺人波照射!



今日のニュース Business Journal  より抜粋

ヤマトの「怠慢」への強烈な疑念…配達ドライバーに膨大な無駄な作業を強制
文=大崎孝徳/名城大学経営学部教授

「クロネコヤマトの宅急便」でお馴染みのヤマト運輸の現場が大変なことになっているというニュースが世間を騒がせ始めてから、かなりの時間がたったが、相変わらず毎日のように関連するニュースが報道されている。

 ヤマト運輸といえば、役員の反対を押し切り、個人向け小口貨物配送サービス「宅急便」を開始した同社元社長の小倉昌男氏を忘れることはできない。1999年に出版された著書『小倉昌男 経営学』(日経BP社)は、実務家・研究者双方から高く評価されている。筆者も拝読し、業界の常識や慣習にとらわれることなく、自らが正しいと信じることを貫く姿勢に大変感銘を受けたことを覚えている。

 また、ヤマト運輸を取り上げたテレビ番組『プロジェクトX 挑戦者たち 腕と度胸のトラック便~翌日宅配・物流革命が始まった~』(NHK)も大変優れた内容で、筆者はそのDVDを現在でも講義における教材として活用している。小倉氏は1995年に会社を離れ、その後、福祉に関わる事業に従事、2005年に他界されている。

 現在、話題となっているヤマト運輸の騒動に関して、小倉氏がご存命であったなら、どのように考え、コメントされるだろう。著書などによると小倉氏は、従業員をはじめ、人を大切にする方であったため、「ドライバーが昼食をとる時間がない」「残業代の不払い」といった現状に対しては、大変お怒りになるだろう。

 一方で「業績の低下」に関しては、それが消費者のため、より良いサービスになることであれば、「短期的な業績など気にせず、どんどん実行しなさい」とおっしゃるのではないだろうか。

 しかしながら、アマゾンをはじめとする大口顧客の低価格要求による「業績の低下」に関しては、「なぜ徹底的に戦わないのか」と激怒されるか、もしくは協働して解決策を見つけ出されるかもしれない。

 筆者は単身暮らしのため、長期の出張から戻ると玄関ドアに同じ届け物の不在通知が3~4枚挟まっていることが、たまにある。ちなみに、部屋はエレベーターのないビルの4階だ。これには、倫理観の低い筆者のような人間でも、さすがに申し訳ないと心が痛む。同時に、このように無駄なことをドライバーに強いる、本部の「仕組みを構築するスタッフ」に対して「なぜ改善しないのか?多くても2回で十分ではないか?そもそもこうした仕組みを放置することは怠慢ではないか?」といった気持ちも抱いていた。

 現在、実施している「お届け予定eメール」は、確かに若者にはよいサービスだが、高齢者には電話のほうが適しているかもしれない。そのほか、顧客サービスを大きく損なうことなく、ドライバーの負担を軽減させる創意工夫の余地は大いにあるように思われる。

 一連のヤマト運輸のニュースが時を経てもなかなか劣化しないのは、おそらく多くの人が同じような思いを抱いていたからではないだろうか。また、気にはなっていたが、なかなか言い出せなかったことが、まともな方向に進みそうで何より、と思っているからではないだろうか。

 そうだとすると、「日本社会もなかなか捨てたものではない」と感じている。
(文=大崎孝徳/名城大学経営学部教授)

抜粋終わり


私も小倉さんという方の事を聞いた事があり、ヤマトは良い会社だと思っていました。
小倉さんは亡くなられていたのですね。

私の所も、不在票が一日に2枚入っていたりします。
再配達の連絡をしないと4日連続で不在票の入っていた事もありました。
荷物の全てにやっていたのだったら、そりゃあドライバーさんは大変でしょう!


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